調査方法

HOME > 家系図について > 調査方法

調査方法

戸籍調査

すべての家系図調査は、この戸籍の収集から始まります。戸籍収集の目的は次のとおりです。

●最も身近な家系図の作成 ●出身地(先祖地)の特定 ●親族関係の把握

明治時代から現在にかけての家系図は、戸籍謄本類(戸籍・除籍・改製原戸籍)の収集により可能で4~6代の正確な家系図が作成できます。 最も古い除籍簿には幕末ごろに生まれ、明治・大正時代に亡くなっ ている先祖の記録が記載されている場合があります。 江戸時代、庶民は往来の自由が認められておらず、最も古い除籍簿に載っている本籍地が、先祖地である可能性が高いのです。また、昭和三十年以前の戸籍は家父長制のもとで作成されており、家長(戸主)を中心に傍系にあたる一族もすべて記載されています。これにより本家・分家の関係も把握しやすくなっています。 しかし、戸籍法では除籍簿の保存年限が150年と定められており、 年々処分されつつあります。家父長制の除籍簿が一部処分されると、 本籍地や親族関係が不明になることがあり、調査に深刻な影響を及ぼ します。先祖を調べたいと思われる方は、処分される前に一日も早く除籍謄本の取得をしておく必要があります。戸籍謄本類の収集は郵送請求で 出来るため、わざわざ役場まで赴く必要もありません。ただし、一部の地域 では、戦災、震災、火災などの影響で除籍簿の保存年限に満たないうちに消失し、 取得できない場合があります。 この戸籍謄本及び除籍簿が無くなったとしても調査できないことはないのですが、調査に費やす時間がまるで違います。戸籍謄本で調べられるうちに調べておきましょう。もし、今すぐに、家系図調査を依頼しないならば、廃棄されるまでにご自身で取得しておきましょう。

現地調査

現地調査レベルの調査では、明治時代以前の調査を専門調査員が以下の調査をもとにして可能な限りご先祖様の記録を明らかにします。

現地調査

●菩提寺 ●本家(位牌、墓石など) ●郷土資料(系図、由緒書き、古文書など)

年号表を見る

一般に江戸時代の調査は菩提寺を中心に行います。 わが国ではこの時代、寺請制度の定めにより多くの人が寺院の檀信徒になってました。そして寺院は宗門人別改帳という台帳を作り、檀信徒を管理していたのです。この台帳は現在の戸籍に相当するものですが、残念ながら今日ではそのほとんどが失われ、残されているものはごく僅かな状況です。 しかし、寺院には故人の戒名(法名)を記録したものが残されています。 庶民が家に仏壇を奉り、先祖供養をするようになったのは元禄時代1688~1704ですが、一般に享保1716~1736の頃まで記録が残っていれば立派なものといわれています。 一方、戒名(法名)の調査では寺院に内容の確認を求める場合が多く、お客様が檀家であれば寺院の承諾をとっていただく必要があります。 お客様が本家ではない場合、本家やその墓地を訪ね、位牌、墓石から戒名・歿年月日・俗名・続柄などを収集する必要があります。本家では系図や由緒書などの古文書を所持している場合もあります。 位牌などはその家の仏壇に置かれているため、その家の協力なしに調べることはできません。そのために本家に事情を説明し協力を得る必要があります。

現地調査は、戸籍謄本類以外の資料を調べて遡るため、不確実性も多く、必ずしも期待された結果にならない場合があるのも事実です。しかし、調査において大切なことは、とにかくあらゆる可能性に対して目を向けることです。 家系調査は、先祖を相手にする仕事であると考えます。つまり、いつも調査員の仕事ぶりを先祖が隣りで見つめていると思っていれば、おのずと道は拓けるのです。そのためか、この現地調査における不思議な体験はいくつもあります。例えば、偶然に先祖のことを知る人にめぐり合えたり、通常では探せない稀有な資料に突然出会ったりなど…。 しかし、このようなことは、人によっては非科学的であったり、単なる偶然で片付けられてしまうことでもあるので、この程度にとどめておくことにします。 多くの家系において江戸時代までは正確に調べることが可能です。ただし江戸の初期の情報はそれほど多くはなく、江戸以前との繋がりがここで途絶えてしまうことも少なくありません。 つまり、江戸時代の調査ももちろん簡単ではありませんが、それよりもさらに困難性が高まるのがこの時代。そこが繋がりさえすれば、さまざまな資料から仮説立てをして、確からしい文献に沿ってさらに遡って家系図を制作することができるのです。 ちなみに、日本では、源平藤橘を四代姓といって、ここからの別れが多いです。伊藤・佐藤など「藤」のつく姓は藤原系統といわれ、源氏は740氏に分かれたなどと言われます。 例えば、藤原氏の場合、系図は藤原鎌足から起こす場合が多く、天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)から書くことは日本神話上のことであまり意味がありません。同様に、清和源氏の場合は清和天皇からはじめ、神武天皇から書くことはありません。藤原鎌足から系図を起こせば四十数代、清和源氏では三十数代といった範囲です。 ところで、去年NHK大河ドラマの主人公篤姫は、島津家の出身ですが、島津氏は秦の始皇帝の末裔の秦氏に繋がる惟宗氏の子孫といわれています。しかし、島津氏も一時清和源氏を称していました。渡来家の氏族は代数だけを数えれば120代を越えますが、そこはもう中国神話の時代に入る話になるのです。

pagetop