NHK総合テレビ「ファミリーヒストリー」で2012年のレギュラー番組化以降、
数多くの家系図を作成してきた家系図調査専門会社です。
コラム COLUMN
演歌歌手・水森かおりさんのファミリーヒストリー | 戸籍と証言がつむぐ「血と土地」の物語
2026.03.24
演歌歌手の水森かおりさんは、これまでにない不思議な緊張感があると自ら語っています。番組では、その歌の奥底にある「血の記憶」を探るべく、父方・母方双方のルーツに深く分け入りました。本稿では、家系調査の視点から、番組で示された発見の流れと、戸籍・古文書・地域証言の相互作用に注目して振り返ります。
本名と出発点 ── 戸籍が示した「大出」家の始まり
水森さんの本名は「大出弓紀子(おおで ゆきこ)」。父・勝也さんは昭和11年生まれで、84歳で他界されたのが約5年前ということでした。番組では、まず父方の大出家の戸籍が提示され、戸籍調査が家族史の第一歩であることが強調されました。戸籍を遡ることで、先祖の本籍地・改姓・分家の履歴など、当時の人々の動きが明らかになるのです。
大出家のもっとも古い戸籍を辿ると、元の名字は「中(なか)」であり、曽祖父の名は「中駒吉(なか こまきち)」でした。また当時の本籍地は「東京市京橋区元島町」と記されており、現在の東京都中央区八丁堀付近であったことが分かります。戸籍からは、先祖が思いがけない場所に根を下ろしていたことが分かる――それがルーツ探しの面白さでもあります。
所沢・三ヶ島へ ── 戸籍がつなぐ遠縁と家紋の発見
駒吉の孫の嫁である「中眞喜子(なか まきこ)」さんを訪ねると、元来のルーツについて多くを語ってくれました。眞喜子さん宅には中家の家紋の入った着物が残されており、また「埼玉県所沢市三ヶ島」が中家の由来地だと親族から聞かされていたといいます。遠縁の存在は戸籍が示す導線を辿ることで見つかることが多く、直接会って話を聞くことが重要です。
番組は所沢市三ヶ島へ足を運び、当地に多く残る「中」姓の家々と接触しました。現地の中勉さんらに案内され、中家の墓所にたどり着くと、墓石には家紋が刻まれていました。戸籍だけでは見えなかった家のつながりが、現地の証言と墓碑によって補われ、所沢の中家が駒吉のルーツであることが確証されていきます。
武将の伝承と郷土史の照合 ──「中筑後守資信」の系譜
所沢の郷土史家に取材すると、三ヶ島の中家は戦国武将「中筑後守資信」に由来すると語られ、古文献や地域文書を示してくれました。資信はかつて川越近郊の古谷城を治め、その子孫が三ヶ島に定住・開墾していったという系譜です。地元の研究者が持つ史料と戸籍の事実を突き合わせることで、伝承が史実と結ばれていく好例といえます。
八丁堀の「三嶋屋」── 商工録に残る駒吉の足跡
駒吉はやがて八丁堀へ移り、白米の小売を屋号「三嶋屋」で営んでいたことが、明治34年の「日本商工営業録」等によって確認されました。屋号には出身地を冠する例が多く、「三嶋屋」は三ヶ島出身の慰留を示していると推察されます。商工録や名鑑は、明治以降に商売を営んだ先祖をたどる上で有効な公的資料です。
明治末期、店は一時的に閉店します。家族の語りでは「五寸釘の寅」と呼ばれた泥棒に盗まれたとされましたが、専門家の調査で同時期にその人物は拘禁されており、事情は小豆相場の失敗による借金や経済的要因が大きかったことが示唆されました。親族の語りは重要な手がかりですが、必ず公的記録や相互証言で裏取りする必要があります。
■祖母・蓮實家と湯西川 ── 木材流通と大庄屋の実情
父方祖母・蓮實(はすみ)家の戸籍を遡ると、本籍は栃木県塩谷郡風見山田村であることが判明しました。現地の蓮實家は今も残っており、かつては地域を治める大庄屋格の家で、苗字帯刀を許された由緒ある家柄だったと語られました。蓮實家は鬼怒川支流の湯西川を通じて木材を運搬する事業に関与しており、日光地域の古文書や民俗資料館の史料にその記録が残されていました。郷土資料館や博物館の書庫に眠る古文書は、地域経済に関する重要な一次資料となります。
ただし、蓮實家は後に保証債務などで多くの土地を手放したという証言もあり、家の栄枯盛衰が明確に浮かび上がります。こうした経済史的視点も家族史には欠かせません。
晃子と大出家 ── 養女・縁談・修理工場の営み
祖母・晃子さんは大出家へ養女に入り、後に中福太郎さんと結婚して大出姓を名乗ることになります。夫妻は東京都北区昭和町で「大出商店」として自動車修理を営み、地域に根を張っていました。家族が語る人となりや経営の様子は、戸籍や商工録だけでは伝えきれない「生活史」を補完します。資料だけでなく、親族の証言が人物像を立体的にするのです。
勝也さんの戦中戦後 ── 学籍簿と避難、そして地域貢献
父・勝也さんは昭和11年生まれ。番組では北区立滝野川第五小学校の写真など学籍資料が示され、学校資料が先祖の幼年期を知る有力な証拠であることが示されました。太平洋戦争の空襲で家族は疎開し、戦後は工場を手伝いながら地域の消防団にも尽力しました。長年の地域貢献は叙勲にもつながり、地域史的な評価の一端を示します。
父と母の出会いや馴れ初め、父の友人たちが語る「日曜日の男」という渾名――こうした家族の人間関係の断片は、戸籍や古文書と照合することで信憑性を持ちます。番組では、晩年の勝也さんの映像や、友人が保管していた記録映像が紹介され、記憶の重なりが視覚資料で裏付けられました。
調査の示唆 ── 戸籍を起点に「現地の声」と「資料」をつなぐこと
今回の放送が示したのは、戸籍が家系調査の出発点であること、その先にある墓碑・家紋・古文書・商工録・学校資料・地域の伝承を繋ぎ合わせることで、先祖の人生が立体的に蘇るということです。戸籍に書かれた旧本籍地を訪ね、現地の親族や郷土史家に話を聞く。墓を確認し、商工名鑑や裁判記録、相場や経済記事を当たる。こうした地道な作業の繰り返しが、個人の「家の物語」を紡ぎ出します。
水森かおりさんが語った「今までにない不思議な緊張感」は、ルーツ調査が本人にもたらす自己認識の変化を象徴しています。遠い過去の一つ一つの事実が現在の自分につながっている。戸籍と証言が織りなすその連続性が、歌に宿る情感の源泉を照らしているように思えます。