峰竜太のファミリーヒストリー|「下嶋家と齋藤家」酒屋と船問屋、地域に根づく家の記憶

2026.01.13

明るく親しみやすいキャラクターで長年テレビに親しまれている俳優の峰竜太さん。今回の「ファミリーヒストリー」放送では、自ら「自分の中でも際立った番組」と語るほど、ふるさとと家族のルーツに深く迫る内容が展開されました。

峰さんの本名は下嶋清志(しもじま・きよし)。代々酒屋を営んできた下嶋家の四男として生まれ、長野県下伊那郡下條村が家のルーツです。番組で明かされた事実の多くは、十中八九戸籍調査によって確認できる情報であり、本籍地を手がかりに本家・分家を探索することが今回の出発点になりました。

下嶋家──蔵に眠る古文書と庄屋の記録

下條村の本家を訪れると、蔵に大量の古文書が残されていました。地元の郷土史家に解読を依頼すると、そこには年貢米の管理を示す帳簿や庄屋に関連する記録が含まれており、下嶋家がかつて庄屋的な役割を担っていたことが判明しました。こうした一次史料は、江戸期から明治期にかけての家の地位や経済活動を示す重要な証拠です。

番組のナレーションでは、曽祖父・松次郎が天保11年(1840年)生まれと紹介されました。これは戸籍や古い家系資料を突き合わせることで確定できる年代です。松次郎さんは23歳の時に分家し、自らの家を構えます。分家されたことは戸籍に記載されることが多く、分家年月や理由(婿養子・家督相続など)も確認できる場合があります。

下嶋家の蔵からは、商取引の伝票や帳簿が見つかりました。隣町に残る取引先の帳面にも下嶋家の名があり、商家同士の履歴が相互に残っているケースは珍しくありません。取引先をたどれば、先祖の経済的ネットワークや扱っていた商品が具体的に浮かび上がります。

淳逸(じゅんいつ)──文集・自分史・学校資料が紡ぐ若き日の肖像

峰さんの祖父にあたる淳逸さん。明治21年生まれの彼に関しては、地元図書館や学校に保存された文集や写真が重要な手がかりになりました。下條の図書館に保管されていた文集は製本されており、何度か刊行された形跡があることから、地域の学術的関心の高さもうかがえます。また、現・飯田高等学校に残る文集からは、若き日の理想や地域社会への思いが記されていました。

淳逸さん自身が残した自分史は、家族史研究における宝物といえます。自分史には就学歴、就職先、結婚、軍歴、戦後の活動などが記され、場合によっては派遣先部隊や勤務先の会社名まで具体的に書かれていることがあります。自分史が残っていれば、そこから派生して部隊史や企業史、同窓会記録へと追跡でき、先祖の体験をより詳細に再構築できます。

淳逸さんは酒業を営みながら師範学校にも通い、教師として地域に尽くした人物でした。さらに「農村歌舞伎」に没頭し、地域文化の担い手でもあったことから、地区の文化団体や舞台に関する記録にも名前が残っていました。地方文化に関わる人物は、地域の祭礼記録や保存会の文書に痕跡を残すことが多く、郷土資料館や文化保護団体の調査も有効です。

父・次郎さんと軍歴──部隊史を手がかりにする方法

峰さんの父、次郎さんの経歴からは、戦争が家族史に与えた影響が浮かび上がります。次郎さんは南満州で就労後、帰郷して家業を継ごうとした矢先に召集され、国境警備や東海552部隊での任務を経験しました。番組では次郎さんの軍歴証明書が示され、どの年にどの部隊に所属していたかが確認されていました。

軍歴は、都道府県庁や厚生労働省で請求できる一次資料であり、部隊名が分かれば部隊史や戦史資料、靖國偕行文庫などにある資料から配属先の行動や作戦内容を照合できます。軍事研究家への取材や、部隊に関する論考・回顧録を当たることで、当時の生活や危険度、戦後の処遇などを詳しく知ることが可能です。

次郎さん帰還後の酒屋経営の様子は、店の写真や近隣住民の証言から補強されました。商店の看板や配置、商品陳列の写真は地域の生活史を示し、地域新聞や市町村の広報にも店舗の記録が残ることがあります。

齋藤家──船問屋・養蚕、地域経済を支えた家

母方の齋藤家も下條村に根を張る家で、蔵書類を飯田歴史研究所にて調査した結果、江戸時代には船問屋を営んでいたこと、さらに柿・楮・鯉などの使役を含む多角的な事業を行っていたことが判明しました。齋藤家に伝わる曽祖父・玉三郎の肖像画や、養蚕に関する設備(蚕室)が実家に残っており、地域の産業史や労働史の観点からも興味深い資料が揃っていました。

祖父・誠護さんは養蚕を成功させ、従業員を雇うほどの規模になったといいます。使用人たちの集合写真や名簿が残っていることは、雇用関係の痕跡を示す重要資料です。また、近隣住民の記憶や口伝は、商家や庄屋といった家の格を示す手がかりであり、地元聞き取り調査は必ず行うべき作業です。

母・ちとみさんは飯田高等女学校(現・飯田風越高校)を卒業後、向方小学校に勤務しました。学校の卒業アルバムや教員名簿、行事写真などは公的には学校側が所蔵している可能性が高く、問い合わせることで原資料の閲覧や複写を依頼できます。

フィールドワークの実務的アドバイス(調査の進め方)

今回の調査から導かれる先祖調査は次の通りです。

  • 戸籍を起点にする:本籍地・婚姻歴・分家・改名などを確認して、訪問先と親族の所在を特定します
  • 本家・分家を訪ねる:蔵書・古文書・写真の有無を確認します。保存状態が悪い場合はデジタル化を検討してください。
  • 学校・図書館・郷土資料館に照会:文集、卒業アルバム、地域史資料を閲覧します。
  • 軍歴・裁判・商工録を当たる:軍歴証明書、裁判記録、商工名鑑などは公的記録として重要です。
  • 口伝の収集:親族・近隣・旧友・取引先など、記憶を持つ人々から聞き取りを行います。写真や手紙が出てくることがあります。
  • 専門家に協力を仰ぐ:郷土史家、学芸員、軍事研究家など、分野ごとの専門家の力は非常に有益です。

まとめ──土地と記録がつなぐ家族の物語

今回の番組は、酒屋を営む下嶋家と、船問屋・養蚕で栄えた齋藤家という二つの家系が、地域の経済と文化を支えながら受け継がれてきたことを明らかにしました。戸籍・古文書・学校資料・商業帳簿・軍歴・写真・証言といった多様な資料を重ねることで、峰竜太さんという一人の人物のルーツが立体的に浮かび上がります。

峰さんが番組を通じて語った「自分がどこから来たのかを知ることの大切さ」は、誰の家にも当てはまる普遍的なテーマです。手元にある名簿や古い写真、あるいは誰かの口に残る一つの物語が、家族史という長い物語の欠けていたページを埋めてくれるのです。